こだいらぽんたの「基礎学力」勉強日記(倉庫)

過去にアップした記事をここにまとめています。

「これはすごい。入試問題の胸を打つ文章に涙した!」開成中学校 (2013年国語)+113日目(日本史、化学)

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昨日の日記でも書いた通り、読書の偏りを減らすべく、中学入試・高校入試の国語の入試問題に出ている文章を読んでみることにした。いわゆる「ミニ読書ノート」だから、学校の選び方は恣意的だ。私には子どもがいないので、小学校や中学校の生徒たちがどんな本を読んでいるのか知らない。また、国語の先生方が生徒たちにどんな本を読ませたがっているのかも知らない。入試問題がどんな本から選ばれて作られているのか興味津々だ。
と、こんな調子で軽い気持ちで読み始めたら、いきなりものすごい文章に出会ってしまった。涙もろい私はティッシュペーパー片手に、この入試問題を読んだ。短い文章なのに、素晴らしかった。

開成中学校(2013年)出典:華恵著『本を読むわたし』(筑摩書房
内容はこうだ。小学4年生の「わたし」は、1年生に本を読み聞かせる「読み聞かせ会」で、大好きな絵本『はせがわくんきらいや』(長谷川集平)を読むことになる。絵本を読みながら、「わたし」は同じクラスにいた「さっちゃん」のことをふと思い出す。さっちゃんは口のまわりがいつも汚く、髪の毛もぐちゃぐちゃ。運動靴のサイズも合ってない。「なにかちょっと変だよね」と周囲にはささやかれ、仲良しの女の子はクラスにはいなかった。
その後学校で運動会があった。「わたし」は運動会の帰りにさっちゃんを見かける。そこにはさっちゃんだけでなく、さっちゃんと一緒に歩いているお父さんとお母さんの姿もあった。お父さんとお母さんは小さくて、何か障害があることが一目でわかる。でも三人は本当に幸せそうだった。何度もさっちゃんの頭をなでていて、さっちゃんよりも、お父さんとお母さんの方が嬉しそうだったのだ。
なぜ、さっちゃんのことを思い出したのかというと、「わたし」が教室で読み聞かせている『はせがわくんきらいや』の内容がシンクロするからだ。長谷川くんは小さい時にヒ素ミルクを飲んで体を壊してしまった。体が弱くてすぐに泣く。野球に連れて行けば三振ばかりする。そんな長谷川くんに「ぼく」はイライラする。


長谷川くん 泣かんときいな。
長谷川くん わろうてみいな。
長谷川くん もっと太りいな。
長谷川くん ごはんぎょうさん食べようか。
長谷川くん だいじょうぶか。長谷川くん。
(中略)
長谷川くんが鉄棒からまっさかさまに落ちると、「ぼく」はバットを投げ出して駆けつける。そして、暗い道を、長谷川くんをおぶって歩く。
「長谷川くんといっしょにおったら、しんどうてかなわんわ。長谷川くんなんか きらいや。大だいだいだい だあいきらい」


聞いていた一年生は「かなしくておもしろかった」「関西弁で、おもしろかった」などいろいろと感想を寄せてくれた。それを読んで「わたし」はじわじわと「別の感動」がわいてくるのだった。それはもちろん、自分がこの絵本が好きだという気持ちに、一年生が共感してくれた喜びだ。
入試問題の文章はこれだけで、平易でこれっぽっちも難しくない。出題は記述問題だけだが、あまり難しいことは聞いていない。他人の気持ちになって考えることができて、それを自分のことばで表現できる子どもなら、きっと解けるだろう。さすがは名門・開成中学校の国語の先生が作った問題だと思った。
寡聞にして、私は、華恵さんというモデル兼エッセイストを知らなかった。『はせがわくんきらいや』というものすごい絵本があることも知らなかった。まったくのノーマークの分野だったのだ。こういう発見にも興奮してしまう。ほかの学校のものも読んでみよう。

◎勉強日記
<日本史>
「石川の日本史B実況中継」第24回「南北朝室町幕府の成立」。赤字部分をノートに取りながら、流れをつかむつもりで読む。
今回もボリュームがあった。南北朝時代は、後醍醐天皇やら足利尊氏やら楠木正成やらキャラクターが立っている人物がたくさん出てきて面白い・・・らしい。いったい何を読めば輪郭がわかるのだろう。司馬遼太郎さえ南北朝時代を書いてくれていればそれに飛びつくのだが、残念ながらこの時代だけ避けている。となると、吉川英治だろうか?
後醍醐天皇の執念のすさまじさや、足利尊氏のあっちについたりこっちについたりを見ていると、いったいその背後に何があったのかと知りたくなってくる。「観応の擾乱」とか、いったい何があった?物語としては絶対面白いはずだ。
国人一揆」ということばも登場する。「国人」は地方の武士、かつての地頭のことだ。「一揆」というと、農民たちの抵抗運動のことなのかと考えていたが、どうも違うようだ。一つの目的を持って結びついた集団のことをいうらしい。
   ↓
問題集「教科書よりやさしい日本史ノート」28「室町幕府の成立」の穴埋め問題をやる。足利尊氏のイラストがかっこよすぎる。

<化学>
「宇宙一わかりやすい高校化学(理論化学)」9-4「ヘスの法則」と9-5「結合エネルギー」の解説を読み、確認問題を解く。
解説に書かれている例題をじっくりと解く。計算問題はたいしたことないが、求めたい熱化学方程式が書けない。3-4「構造式」に戻って復習する。
計算式上に構造式が出てくる形に戸惑ったが、結局解けた。うれしい。

(2017.1.22)

「もう一教科追加予定。それは『中学入試・高校入試の国語』」+111日目~112日目(世界史、数学A)

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久々の勉強日記だ。このところ読書にかまけていたが、高校程度の「基礎学力」をつけなくては本も正しく読めないのだろうから、勉強(あくまで高校程度)の方も頑張ろう。
ところで、この「基礎学力」勉強日記だが、現代文の科目も増やそうと思っている。自分で本を選ぶと、どうしても自分の好きな方向に偏ってしまう。そこで、現代文の入試問題を読んで、未知の分野の文章に触れる機会を増やせないかと考えたのだ。
しかし、「大学受験」に出てくる小難しい評論文は興味がわかないので(センター試験の赤本の問題を立ち読みしただけでめまいがする)、おそらく一般人が広く理解できるであろう「高校入試」か「中学入試」の国語に取り組んでみようと思う。「高校入試」や「中学入試」だって、十分すぎるほどレベルが高いはずだ。それに、学校の先生方が今どのような本に注目しているのか、知ることができる。そこには私が素通りしてきた本がたくさんあるはずだ。

◎勉強日記
<世界史>
「青木の世界史B実況中継②」第24回「中世ヨーロッパ史(3)ー中世西ヨーロッパの変質」を読む。赤字をノートに書き、流れをつかむようにする。
十字軍がやっと登場する。しかし「基礎学力」のない私は、「十字軍ってなんだ?」というところから始まる。「イスラーム教徒から聖地イェルサレムイベリア半島を取り戻せ!」という目的があっての遠征だが、実は叙任権闘争を有利に進めたいローマ教皇の思惑や、地中海貿易の覇権を握りたいイタリア商人や、西アジアの土地や財産目当ての国王や諸侯の野望が入り混じっている。ムスリムユダヤ教徒の虐殺を行い、財宝の略奪も行った・・・と聞くとぞっとする。この時のキリスト教徒はいったいどうしたのだろう。
洋画で、登場人物が「クルセイダー!(十字軍!)」と叫んで相手を罵倒しているときがあるが、字幕がなぜ「偽善者」となっているのかわからなかった。なるほど、納得だ。
ところで、青木先生のこぼれ話は相変わらず面白い。サッカーイングランド代表のエンブレムが、第3回十字軍に参加したリチャード1世の旗印だったとは知らなかった。でも、なぜリチャード1世の旗印など選んでしまったのか。イングランドでは十字軍にポジティブな印象があるのだろうか?
中世都市が、経済活動を城壁によって防衛したという話も興味深い。まるで「進撃の巨人」だ。(1巻しか読んでないので、あまりよく知らないけれど。)日本ではどうだったか?と常に気になる。「中世封建制社会の崩壊」の話は流れるような説明だった。貨幣経済が浸透したがゆえに農奴解放が行われた、のか。なるほど。記述問題で出題されそうなネタだ。
   ↓
問題集「ツインズ・マスター」21「西ヨーロッパ中世世界の変容Ⅰ」1~14の穴埋め問題。うろ覚え。ノートを見ながら埋める。

<数学A>
「初めから始める数学A」第2章「整数の性質」に入る。7th day「約数と倍数」の解説を読み、練習問題を解く。
素数合成数、因数、素因数。いつも「素数に1は含まれない」ことを忘れそうになる。最大公約数と最小公倍数を図形的にとらえた解説が面白かった。目に見えるので考え方がわかりやすい。ここまでは大丈夫だ。たぶん。
   ↓
問題集「基礎問題精講」86「最大公約数・最小公倍数」から88「整数の余りによる分類」までの例題のみを解く。86の問題は「最大公約数・最小公倍数」の公式(「初めから始める数学A」102ページ)を覚えたばかりだったので問題なく解けた。
87「倍数の証明」は、「精講」の「連続するm個の整数の積はm!の倍数」を見て解いた。単に便利そうなので使ったが、なぜこうなるのかはわからない。参考を見てもよくわからないので先に進む。
88「整数の余りによる分類」も自力では解けないので、答えを見て理解することに努める。納得した。整数の問題の証明は面白いと思える。だが、同じような問題が出たら自力で解けるだろうか。

(2017.1.21)

「フランス文学素人の私でも心から楽しめた。宮下先生、翻訳してくださってありがとう!」 読書ノート ラブレー著「第五の書ーガルガンチュアとパンタグリュエル5」(109日目~110日目)

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ラブレー著「第五の書ーガルガンチュアとパンタグリュエル5」(宮下志朗訳 ちくま文庫

いやはや、読み応えのある名著だった。ど素人の私でも楽しむことができた。それもこれも宮下先生の訳と注釈がわかりやすかったからに他ならない。政治的なことや宗教的なことばかりが書かれているわけではない。16世紀フランスの子供がどのような遊びをしていたか、また、当時のフランス社会のごちそうのメニューはどのようなものであったか、人々の暮らしぶりも知ることができて面白いのだ。私も当時のフランスの空気が吸いたくて、宮下先生の注釈を舐めるように読んだ。もちろん政治情勢の風刺や聖書をもじった表現もたくさん出てくるので、世界史と聖書の基礎知識があったらもっと面白く読めたであろうことは言うまでもない。
さて、最終巻「第五の書」だが、この本はラブレー自身が書いたわけではなく、ラブレーが生前遺した草稿に何人かが手を加えて出版したという見方が有力だそうだ。だから「第五の書」は、あまり価値がないとかなんとか言われているらしい。だが、話そのものは意外と面白かった。パンタグリュエル一行は相変わらず「聖なる酒びんのご神託」を授かるべく旅をしているのだが、「第四の書」と同じく、島々で出会うのは奇怪な怪物人間ばかりだ。一番印象的なのは「ウートル島」だ。そこの島民はみな、暴飲暴食をしている。
「彼らはそろいもそろって、革袋みたいにぱんぱんにふくれて、はちきれんばかりの脂肪分でぷるんぷるんしていたのである。これまでわたしは、他の国では見た経験がなかったのだが、彼らは皮膚に傷をつけて、そこから脂肪分をぷるんと出していた。(中略)そうでもしないと、皮膚のなかに収まりきれないからだという」(126ページ)
そして、彼らは「破裂祝い」の潮時を迎えると、腹を破裂させて死を迎えることになる。なんともグロテスクだ。
賄賂で生きている「シャ=フレ族」の話も面白かった。私の大好きなジャン修道士が大活躍するからだ。本文に隠された意味を読み取る読み方も、それはそれでいいのだが、単純にばかばかしい物語としても楽しめるのがこの本のいいところだ。(肝心の「聖なる酒びん」のお告げを授かる場面は、飽きてしまったが。神殿を歩いている時間がやたらと長い・・・長すぎる。)
「ガルガンチュアとパンタグリュエル」本編だけでなく、この物語のネタ元となった「ガルガンチュア大年代記」(第2巻に収録)や、この物語に影響を受けて書かれた「お腹パンク島」と「パンタグリュエルの滑稽な夢」(第5巻に収録)まで読めるのだから、お得な文庫本シリーズだ。「パンタグリュエルの滑稽な夢」では、パンタグリュエル一行が旅の途中で出会ったであろう奇怪な怪物人間の版画が120枚も並んでいるのだ。この絵をすべて収録した本は、日本では初めてらしい。
宮下志朗先生、こんないかにも翻訳しにくそうな本をわかりやすくしてくださって、本当にありがとうございます。先生がいなければ、おそらくフランソワ・ラブレーとは、赤の他人のままだったでしょうから。


(2017.1.19)

「ローマ教皇を徹底的におちょくるパンタグリュエルと仲間たち」 読書ノート ラブレー著「第四の書ーガルガンチュアとパンタグリュエル4」(108日目)

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ラブレー著「第四の書ーガルガンチュアとパンタグリュエル4」(宮下志朗訳 ちくま文庫

パンタグリュエルと仲間たちは「聖なる酒びん」のご神託を授かるべく、「北方インドはカタイの近く」にある聖バクブックの神託所をめざして大航海へと船出する。どうして「聖なる酒びん」のご神託をうかがうことになったのか、その辺は「第三の書」(絶賛品切れ中)に書かれているのかもしれないが、まだ読んでいないので、事情がわからないのが残念だ。
道中、パンタグリュエル一行は、へんてこな民族に次々と出会う。たとえば、殴られることで生計をたてているシカヌー族だ。修道士、高利貸し、弁護士などが、貴族のだれかを痛めつけたいと思ったら、その貴族の元へシカヌー族を派遣する。召喚命令や出頭命令を持って現れたシカヌー族は、相手を思い切り罵倒する。貴族は腹を立てシカヌー族をぶん殴る。シカヌー族は雇い主からは報酬を、貴族からは賠償金をもらうことができ、数か月は金持ちでいられるというわけだ。カトリックプロテスタントの対立が暗示されているという、カレームブルナンとアンドゥーユ族の戦争も目の当たりにする。農業や医学や占星術や数学や、様々な道具や技術を発明し、最後には人間を殺戮する兵器火器までも発明した、技能師範ガステルにも出会う。クジラを「海の悪魔」のごとくみなして戦うところには違和感を持った。16世紀のフランスでは、クジラは船をひっくり返す悪魔だったのだろうか。
ローマ教皇を狂信的に崇拝しているパピマーヌ族の話は面白かった。彼らはローマ教皇を救世主と同一視し、教皇教令集が起こす奇跡をひたすらたたえる。それを聞いて、「そういえば思い当たる節が」とパンタグリュエルの仲間たちは、はたと膝を打つのだ。
「そういえば、『教皇教令集』の紙でお尻を拭いたら切れ痔になった!」
「そういえば、『教皇教令集』で金箔をのばしたら、使いものにならなかった!」
「そういえば、仕立て屋が『教皇教令集』を型紙やパターンに使ったら、この型紙で作った洋服は台無しだったって!」
しかし、ローマ教皇をおちょくっている分には、ラブレー先生は火あぶりにはならないのだ。イギリス国教会カトリック世界から独立したが、フランスでも14世紀頃からフランス国教会の独立を求める「ガリカニスム」という動きがあったという。フランス国教会の盟主であるフランス国王と、ローマ教皇とは、対立・衝突を繰り返していた。世界史を知ればもっと楽しいだろう。
登場人物は相変わらず飲んだくれているし、パニュルジュは2回もうんちをもらしてしまうし、「聖なる酒びん」のご神託もどこへやら、最後は「さあ、飲もうじゃないの!」の掛け声で、まあ、わけのわからぬお決まりの終わり方だ。いや、これでいいのかもしれない。パンタグリュエルは「急に、後ろから引っぱられるような気持ちがしてきたぞ」(P546)と言い出している。おそらく自分の場所に帰るようにという声が聞こえたのだろうから。

ところが「第五の書」では、相変わらず「聖なる酒びん」のご神託を求める旅が続くのである。「第四の書」で終わりでいいのではないか?と思うのだが・・・。それもそのはず、「第五の書」はラブレーが書いたかどうかも怪しいらしい。だが、せっかく読んだので次回の読書ノートには残しておくつもりだ。

(2017.1.17)

「稀勢の里が優勝したから、今年こそFC東京もやってくれるに違いない!」+106日目~107日目(日本史、化学)

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今年こそやってくれるはず!今度こそやってくれるはず!絶対やってくれるはず!
毎回期待値は高いし、時折いい相撲も見せてくれる。しかし、ここぞというところで決まらない。
それが稀勢の里だった。それでも私は稀勢の里を応援していた。なぜって、私が応援しているFC東京稀勢の里が重なるからだ。FC東京稀勢の里のようなチームだ。「今年こそやってくれるはず!」と毎回期待値は高いものの、勝負どころで負けてしまい、いつも中位に甘んじているようなチームだ。だから、稀勢の里が優勝してくれなければ、FC東京も永遠に優勝できないんじゃないだろうか。私はそこまで思い詰めていた。
今回の最悪のシナリオが、稀勢の里白鵬との優勝決定戦で負けてしまうパターンだ。「あーあ、やっぱりね」と。不戦勝があったことも、かえってリズムを崩してしまうのではないかと心配した。土俵際に追いつめられるようなあぶなかっしい相撲が続いたことにもヒヤヒヤさせられた。
だから、稀勢の里の優勝が決まったときは、とても嬉しかった。控室でひっそりと優勝が決まるところが稀勢の里らしい。泣いていたけど、やはり自分自身にふがいなさを感じていたんだろう。優勝おめでとう!
稀勢の里が優勝したので、今年はFC東京もやってくれるような気がしている。今シーズン、東京はかなりいい補強をした。だから相変わらずサポーターとしては期待してしまうのだ。今年こそ中位に甘んじてはいけない。稀勢の里に続け。

◎勉強日記
<日本史>
「石川の日本史B実況中継」第23回「院政期~鎌倉時代の文化」を読む。いつもの要領で流れをつかむようにする。
いよいよ浄土真宗の登場だ。「歎異抄」を読んだので親鸞には親近感がある。「善人なをもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という「悪人正機説」には唸らされる。善人ですら極楽往生できるのだから、悪人なら間違いなく極楽往生できるに決まっている、という逆説だ。人間の力の限界を知り、一心不乱に祈ることしか手立てがない「悪人」こそ救われる。人間の力を過信してはいけないよ、と言われているような気がする。
ここでは旧仏教vs新仏教、他力門vs自力門の対立構造がポイントだ。西洋のカトリックプロテスタントの関係のようなことが、日本の仏教界でも起こったというのは興味深い。また、ここで登場してきた日蓮にも興味を惹かれる。
それにしても、仏教はどんな本を読めば「だいたいの知識」が得られるのだろう。仏教の言葉は難しくて、どうしても後ずさりしてしまう。前にも書いたが、「極楽」とは何だろう?キリスト教でいう「天国」とはどうも違うようなのだが。
もちろん仏教以外にも、彫刻、建築、絵画などさまざまな文化が出てきた。運慶・快慶の名に、夏目漱石の短編小説「夢十夜」を思い出した。再読してみよう。
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問題集「教科書よりやさしい日本史ノート」20「平氏政権と院政期の文化」4~8と26「鎌倉文化」の穴埋め問題をすべてやる。

<化学>
「宇宙一わかりやすい高校化学(理論化学)」Chapter9「化学反応と熱」に入る。今日から新しい単元だ。単元ごとに書かれているシラバスがわかりやすい。
9-1「熱化学方程式とは?」から9-3「熱化学方程式を作ろう!」までの解説を読み、確認問題を解く。エネルギー図で発熱反応か吸熱反応かで混乱する人が多いらしいが、その気持ちはよくわかる。筋道を見失わないように解説を何度も読む。
確認問題48の熱化学反応式を求める問題では迷った。何と何が反応すればプロパンC₃H₈になるのかわからなかったのだ。C(黒鉛)とH₂(水素)でプロパンガスになるのか?と、勝手にプロパンとプロパンガスを一緒にして悩んでしまった。
ところでプロパンってなんだろう?新しい物質が出てくるたびにドキドキしてしまう。

(2017.1.16)

「『パンタグリュエル』の旧世界の話は、村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を思い起こさせる」 読書ノート ラブレー著「パンタグリュエルーガルガンチュアとパンタグリュエル2」(104日目~105日目)

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ラブレー著「パンタグリュエルーガルガンチュアとパンタグリュエル2」(宮下志朗訳 ちくま文庫

第2巻は巨人王ガルガンチュアの息子、パンタグリュエルが主人公だ。前半はパンタグリュエルがフランスのさまざまな地で学問を修め、この物語の重要人物であるパニュルジュと知り合う物語であり、後半はパンタグリュエルと仲間たちが、パンタグリュエルの故郷「ユートピア国」に侵入してきたディプソード人および300人もの巨人軍団と戦って大勝利を収めるまでの物語だ。またしても、巨人パンタグリュエルのおしっこ洪水で多くの人々が溺死したり、パンタグリュエルの放った猛烈にくさいおならの影響でたくさんの不格好な男女「ピグメー人」が生まれてしまったり、「うんこおしっこ大魔王」の物語は健在だ。
なんとも荒唐無稽の内容なのだが、古い慣習にしがみつく人々に対する風刺もしっかりと盛り込まれている。たとえば、パンタグリュエルがオルレアンで出会った学生は、当時の神学者が論争に使っていたラテン風の言い回しで話をする。しかし誰にも意味がわからない。そこでパンタグリュエルは「なんだい、この奇天列弁は?さては、あんさん、どこかの異教徒かい?」と首をかしげる。神学論争をする人々を異教徒よばわりとは。ラブレー先生が火あぶりになるのではないかと、はらはらしてしまう。
また、贖宥状の代金を置く皿からお金をくすねてしまう手口が流行っていたとか、パリの墓地が手狭になったため、墓をあばいては骨を日干しにして納骨堂に移していたとか、16世紀のパリの混沌としていた姿を垣間見ることができて面白い。
ところで一番興味をひいたのが、語り手アルコフリバスがパンタグリュエルの口の中を探検した話だ。パンタグリュエルの口の中にはなんと、広々とした牧場や、広大な森や、大きな都会が広がっていた。
そこでアルコフリバスは「キャベツを植えているおっちゃん」に会うのである。アルコフリバスはびっくりして「ここで何をしているのか」と聞く。男は「キャベツを植えてるんでさあ」と答える。
「みんな、金持ちになれるわけじゃあございやせん。ですからこうやって暮らしを立てているのでござんすよ。この裏の方の町の市場に運んで、売るのでございます」
「ていうと、ここは新世界なのですか?」
「新しくなんかありゃしませんぜ」と、相手がいいます。「でも、うわさですと、どうやらこの外には、新しい大陸だかがあって、太陽も月も拝めるし、なんだかおいしい仕事がたくさんあるとか。でも、こっちは古い世界なんでさあ」(P363~P364)

視点が変われば見方も変わる。意外にもここでは、キャベツを植えて地道に生活しているおっさんが肯定的に描かれる。新世界だから素晴らしいとか、旧世界だからダメだとか、そんな単純な読み方ができないところが、この本の一筋縄ではいかないところだ。
一方、私はこの挿話にある既視感を覚えた。そう、村上春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」の世界に似ているのだ。「キャベツを植えているおっさん」の住む旧世界は、高い壁に囲まれた静謐な「僕」の世界である「世界の終り」の世界を思い起こさせる。戦いも憎しみも欲望もないかわりに、喜びも至福もない世界を淡々と生きている「世界の終り」。そんな静かな世界を、私が退屈でつまらないと感じてしまうのは、いわゆる「新世界」の価値観にどっぷりと漬かっているからだろう。
村上春樹が「パンタグリュエル」を読んで、少なからず影響を受けていたら面白いのだが、誰か質問してくれる人はいないだろうか。もっとも、「全く関係ありません。『うんこおしっこ大魔王』は私の作品には出てきません」と怒られるかもしれないが。
次回の読書ノートは、第4巻に続く。第3巻は品切れ中だ。飛ばし読みはとても心苦しい。しかしこうなったら何が何でも宮下訳で第3巻を読みたいので、再版を待つ。

(2017.1.14)

「奥深いけどふざけてる。こんな風刺本、誰にも書けない!」 読書ノート ラブレー著「ガルガンチュアーガルガンチュアとパンタグリュエル1」(宮下志朗訳)+(100日目~103日目)

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ラブレー著「ガルガンチュアーガルガンチュアとパンタグリュエル1」(宮下志朗訳 ちくま文庫

「題名は知られているが、意外と読まれていない名作シリーズ」。今回はフランス・ルネサンスを代表する作家、フランソワ・ラブレー著「ガルガンチュアとパンタグリュエル」を読んでみた。この長編小説は全5巻なのだが、なんと3巻だけが在庫切れ。なぜこんなことが起こったのだろうか。まさか、3巻だけが飛ぶように売れたのか?仕方がないので3巻は飛ばし、1、2、4、5巻を読んだ。早く増刷してほしい。
さて、第1巻は巨人王「ガルガンチュア」の物語だ。いやいや、びっくりした。この「世界的名作」は「うんこおしっこ大魔王」の物語なのだ。ガルガンチュアはのべつまくなしにうんちをしているし、おしっこをすれば大洪水になって多くの人が溺れ死ぬし、いかにも小学生が喜びそうな描写が続く。
「ブラゲット」というものがあったことも初めて知った。中世の貴族は布でできたペニスケースで股間を覆っていたのだ。幼年時代からガルガンチュアはブラゲットを使っていた。子守女たちはそれを「サンゴの小枝ちゃん」「わたしのしこしこ、びんびんちゃん」「私の赤いソーセージちゃん」などと呼び、「これはわたしのものよ」「いいえ、わたしのよ」と口々に言い合うのだ。
ところが宮下志朗先生の注釈を読むと、当時のキリスト教社会をおちょくったきわどい風刺がちりばめられていることがわかってくる。ソルボンヌ大学の学者連中が不潔極まりなかったとか、修道士が不勉強で無知だとか、教会裁判所の判事がすぐに賄賂に手を出すとか、修道院が牢獄みたいだったとか。
特に、最後に出てくるテレーム修道院の描写は、あぶなかっしくてどきどきする。小さな村の小競り合いが大戦争に発展したピクロコル戦争にガルガンチュア軍は勝利する。そこで大活躍した恩賞として、ジャン修道士は、自分が作りたいと考えていた「テレーム修道院」の設立を許可される。この修道院はほかの修道院とは正反対なのだ。
ここに入る修道院の女性は、美女でスタイルもよく気立てがいい。男性は美男でかっこよくていい性格の男性しか入れない。男女を問わず、好きな時に足を洗うこともできる。結婚もできるし、財産も持てる。
現実の修道院はその正反対だというのだから、どうしようもない人間どもが集う刑務所のようなところだったということなのか。ラブレーはここまで書いて、よく異端の罪で火あぶりにならなかったものだ。(実際、第1巻、第2巻、第3巻は発禁処分になったらしい)
ところで、第1巻で一番面白かったのは、ガルガンチュアが「高貴なお尻ふきのふきかた」を考案するところだ。ここでガルガンチュアは「うぶ毛でおおわれたガチョウのひなにまさる尻ふき紙はない」という結論を出すのだが、ある研究者によれば、これはミケランジェロの「レダと白鳥」をパロディではないかという。
ミケランジェロの「レダと白鳥」。絵画に疎い私は、さっそくネットで調べてみて大笑いした。全裸の女性が白鳥を股の間にはさんでいる絵。これが尻ふき紙って!ラブレー先生にかかれば、ミケランジェロも形無しである。(笑)
というわけで、単なる「風刺の書」として肩ひじ張って読むのはもったいない。きちんとした筋書きもあるので、物語としても、当時の風俗を知る意味でも、普通に楽しめる本だ。
読書ノートは第2巻に続く。第2巻からはガルガンチュアの息子である「パンタグリュエル」の物語だ。

(2017.1.12)