こだいらぽんたの「基礎学力」勉強日記(倉庫)

過去にアップした記事をここにまとめています。

「様々なものを失い続けるだけの人間というものを、力強く肯定してくれる物語」 村上春樹著「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」(上・下)+130日目~131日目(化学)

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村上春樹著「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」(上・下)新潮文庫


数日前、読書ノート「知恵と慈悲<ブッダ>ー仏教の思想1」で、仏教は人間の有限性の不安に向き合った宗教だと書いた。どんなに楽しい時も永遠には続かない。人間は時の流れの中で、若さだとか、分かり合えた人だとか、さまざまなものを失い続けていく。そして死んでいく。そう考えると、この世で生きて年を取り続けることはろくでもないことのように思えてしまう。
ところが、こんなろくでもない人間を力強く肯定してくれる小説がある。それが「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」だ。読者も多いだろうから、あらすじは省く。それよりも、一番心を打たれたことがらをここに書いておきたい。それは、失い続けるだけのろくでもない人間というものを、村上春樹が肯定してくれていることだ。
主人公の「私」は「計算士」として働いている。離婚をした。家族はいないし、親しい友だちもいない。普通に仕事をして、普通に家に帰って、酒を飲みながら好きな音楽を聞いたり本を読んだりする日々を過ごしている。ところが「私」は、「老博士」に思考回路をいじられたために、現世での意識をなくし、永遠に死なない世界へと行かなければならない羽目になる。
「私」は憤然として「老博士」に訴える。自分はつまらない人間かもしれない。でもこの世界にいた方が落ち着くのだと。理由はわからないけれど、嫌いなものもたくさんあって、気に入ったものもたくさんあるこの世の中にそれなりに満足していたのだと言い張るのだ。

「いいですか、僕という人間が虫めがねで見なきゃよくわからないような存在であることは自分でも承知しています。昔からそうでした。学校の卒業写真を見ても自分の顔をみつけるのにすごく時間がかかるくらいなんです。家族もいませんから、今僕が消滅したって誰も困りません。友だちもいないから、僕がいなくなっても誰も悲しまないでしょう。それはよくわかります。でも、変な話かもしれないけれど、僕はこの世界にそれなりに満足してもいたんです。・・・(中略)・・・どこにも行きたくない。不死もいりません。年をとっていくのはつらいこともあるけれど、僕だけが年とっていくわけじゃない。みんな同じように年をとっていくんです」(下巻 128~129ページ)


「私」は、自分の失い続ける人生を振り返る。でも何をどうあがいても、結局は同じ場所に戻ってしまう自分を感じている。なぜって、それが自分自身だからだ。

しかしもう一度私が私の人生をやり直せるとしても、やはり私は同じような人生を辿るだろうという気がした。なぜならそれが  その失い続ける人生が  私自身だからだ。私は私自身になる以外に道はないのだ。どれだけ人々が私を見捨て、どれだけ私が人々を見捨て、様々な美しい感情やすぐれた資質や夢が消滅し制限されていったとしても、私は私自身以外の何ものかになることはできないのだ。(下巻 277ページ)


そして、「人はそれを絶望と呼ばねばならないのだろうか?」と続くのだ。自分の自我に見合うような「有益な人生」とやらを送れないことは絶望なのだろうか。年をとり、様々な人と別れ、いつか死んでしまうことは絶望なのだろうか。この場面での問いかけほど胸を熱くするものはない。
もちろん、この小説は様々な読み方ができる。「ハードボイルド・ワンダーランド」に登場する「やみくろ」や「世界の終り」の「影」や「一角獣」の意味するものとか、あれこれ謎解きを始めたら止まらないだろう。ストーリーそのものも面白い。計算士の「私」が、部屋を荒らされたり腹を切られたりと、どんなに理不尽な目にあわされても平然と受け入れてしまうところも好きだ。
好きすぎて語りつくせない。素晴らしい小説だと思う。

◎勉強日記
<化学>
「宇宙一わかりやすい高校化学(理論化学)」10-4「金属結晶(六方最密構造)」から10-7「イオン結晶(CsCl型)」までやる。解説を読み、例題があるときはそれを解いてから確認問題をやる。
六方最密構造と面心立方格子の充填率は約74%。構造は同じで、切り取り方が違うだけ・・・ということでいいのだろうか?「フェルマーの最終定理」に出てきたのはケプラー予想だ。面心立方格子は、球体をもっとも密に充填できる。しかし証明がなされていないので「定理」ではなく「予想」に過ぎないとか。他の本で読んだことは、意外と素直に頭に入る。
しかし、イオン結晶にはとまどう。基本的には金属結晶と同じだが、各イオンごとの数を考えなければいけないのが面倒だ。少し違うことがでてくるとすぐにとまどってしまう。イオンがどうしても好きになれないが、仕方ない。
確認問題の計算はまずまずできた。少々面倒くさいが、ゆっくりやればできる。有効数字の出し方に気を付ける。別冊P69(7)の解答は誤植か?「単位格子の体積」→「1つの六角柱の体積」ではないだろうか。ちょっと偉そうに言ってみた。

(2017.2.9)

水戸ホーリーホックvs鹿島アントラーズ いばらきサッカーフェスティバル2017@ケーズデンキスタジアム+128日目~129日目(日本史)

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水戸ホーリーホックはシーズン序盤がダメでも、終盤にはものすごくいいチームになっている。去年もいい試合をたくさん見せてもらった。これを来年も続ければ・・・と思うのだが、水戸はいい選手を輩出しても、すぐに他のチームに抜かれてしまうので同じサッカーの継続が難しい。毎年新しい顔ぶれではじめからチームを作り上げなければならないのだ。J2の宿命とはいえ、水戸の監督は大変だと思う。
さて、昨日はクルマを飛ばして水戸にプレシーズンマッチを見に行ってきた。メインスタンドの前に多くの屋台が出ていてわくわくしてしまう。水戸はどんなサッカーを見せてくれるんだろう。J1王者鹿島に勝ったらどうしよう。サッカーは番狂わせが多いから、もしかしたら勝てるんじゃないだろうか。などと、いろいろ考えながら観客席にスタンバイする。現実はそんなに甘くはなかったが。(0-3で負けた。)
水戸は前にボールが運べず、ものすごく苦労していた。前線で左MFの湯澤しか動いていないとか、FW林がボールを落としてキープしていても誰も拾いに行かないとか、誰が悪いというわけではなく、なにか全体的にちぐはぐな感じがした。ボランチもボールの出しどころがなくてバックパスをするしかない。失敗してもいいから、もっと仕掛けてくれ!
たとえば右SBの田向だ。ひとりでもふたりでも相手を抜き去っていく力強さが大好きだ。去年清水戦で見せたあの動きが見たい。でも昨日は右からの攻撃はほとんどなく、田向の良さはほとんどわからなかった。左ばかりで攻撃を組み立てていたので、右はバランスを取って上がれなかったのかもしれないけれど、ちょっと物足りない。両サイドからガンガンいったら迫力が増すと思うのだが。
後半はワントップに前田を置き、3バックを試したら、一気に守備が崩壊した。プレシーズンマッチなのでいろいろ試しているのだろうけど、3バックだけはないかもしれない。
と、素人考えであれこれ考えながら、それでも試合は楽しかった。水戸はキャンプが終わったばかりなのか、体が重そうだった。そんな中で試合をやるということも課題のひとつだったのだろうか?開幕戦までにはいいチームに仕上がっていますように。

◎勉強日記
<日本史>
「石川の日本史B実況中継」第26回「応仁の乱一揆」を赤字部分をノートに取りながら読む。
以前にも書いたが、「一揆」というのは農民のお上に対する反乱行動「だけ」を指すことばだと思っていた。特定の目的をもって一致団結した共同体そのものを指すことばだとは思いもよらなかった。この回はさまざまな一揆が登場するが、中でもすごいのが「加賀の一向一揆」だ。この日本に加賀という独立国が存在した。しかも100年間も独立を保った。「百姓の支配する国」なんてなかなかダイナミックだ。加賀の一向一揆織田信長に屈服するらしいが、加賀では信長は人気がなかったりするのだろうか?
「山城の国一揆」もすごい。応仁の乱で争っていた畠山政長畠山義就を自分たちの共同体(南山城)から追い出してしまう。自分たちの土地で戦争なんてするな。ふたりとも出て行ってくれ。畠山氏が両方とも出て行ってくれた時は、胸のすくような思いだっただろう。
将軍家の話も興味深い。足利義教はかなりエキセントリックな性格だったのだろうか。「万人恐怖」と言われるとは、よほど恐ろしい政治を行った人間だったのだろうか。
   ↓
問題集「教科書よりやさしい日本史ノート」30「幕府の動乱と応仁の乱」31「一揆の時代」の穴埋め問題をやる。農民はよく応仁の乱や戦国時代を生き延びたものだ。こういうことにひたすら感激してしまう。

(2017.2.7)

「元ネタの小説が読みたい!ぽんたを書店に走らせた入試問題」桜蔭中学校(2015年国語)+127日目(数学)

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読書の偏りを補うべく、中学入試の問題集(国語)を読むことにしたことは以前書いた。やる順番はどうでもいいのだが、とりあえず偏差値の高い中学校から読み進めることにした。でも偏差値が高いからといって、心躍る文章に出会えるとは限らない。小学生が読めなければ意味がないから出題範囲も限られてくるだろうし、入試問題だから文章も短く切り取らなければならない。出題者の先生方も頭を悩ませているのだろう。
ところがついに、ぐっと引き付けられる文章に出会った。水や空気の冷たさが伝わってくる。陽のまぶしさで目を細めてしまう。木の匂いもする。描写に迫力があったので、元の小説がどうしても読みたくなり、すぐに書店に買いに行った。
桜蔭中学校(2015年)出典:木内昇『櫛挽道守』(集英社
「くしひきちもり」と読む。時代は幕末。(ちなみに、時代背景が幕末だということは問題文からはわからない)
舞台は「藪原宿」という中山道の宿場町だ。主人公の登勢(とせ)は、櫛職人吾助を父に持つ。櫛挽は男の仕事だ。だが、登勢は櫛挽の仕事に心を奪われる。同時に、父が櫛を挽いている姿に身の引き締まる思いや畏れを感じてもいる。
そんな登勢の元に縁談の話が舞い込む。吾助と妻は承諾する。だが、登勢は明らかに櫛挽の素質がある。吾助も十分わかっている。しかし、時代が登勢を櫛挽の世界に入ることを許さないのだ。いったいこれからどうなるのだろうと思わせるところで、なんと問題文が終わってしまう。そりゃないよ、と思った。入試問題は短すぎる。
幕末の時代を描いた小説はたくさんある。そのほとんどが坂本龍馬桂小五郎など明治維新を推し進めた「英雄」を描いたものだ。だが私は、幕末に普通の人々がどう生き延びたのか興味があった。だから普通の人々について書かれたものがずっと読みたかった。職人の世界にも憧れる。読んだらすぐに読書ノートにあげるつもりだ。
男性のような名前だが、木内昇さんは女性だ。読書家にとっては有名な存在らしいが、私は知らなかった。楽しみで仕方ない。すぐに読もう。

◎勉強日記
<数学A>
「初めから始める数学A」9th day「n進法と合同式」の解説を読み、練習問題を解く。10進法に慣れ過ぎているので、10進法で表記するのが当たり前のように考えていた。しかしよくよく考えてみると、1から10までの数字を使えば、どんな自然数も表記できるなんて素晴らしいことだ。人間は手の指が10本だから10進法を使い、コンピューターはオンとオフの2種類しかないから2進法を使っているという説明に納得した。
n進法の計算はすんなり入れた。2進法同士の計算で1+1=10だの、10-1=1だのにほんの少し戸惑ったが、慣れると意外と面白い。
分数の小数表示で、「既約分数の分母の素因数が2と5のみであるとき、この既約分数は有限小数となる」という条件もなるほど、だ。言われてみれば確かにそうなるような気がする。もっとも数学のスペシャリストはこんなあいまいなことは言わず、ささっと証明するに違いない。
合同式は例題がなくて、わかったようなわからないような感じだ。こちらの方はあまり頭に入らなかった。
   ↓
問題集「基礎問題精講」91「2進法」から97「ガウス記号(Ⅱ)」までの例題のみを解く。ガウス記号は、この問題集で初めて見た。またしてもわかったようなわからないような、もやもやした状態だ。(ということは、たいして理解できていない)
ガウスは「フェルマーの最終定理」に登場した数学者だ。フランスの女性数学者ソフィー・ジェルマンはガウスを師と仰ぎ、ガウスとの文通から多くのインスピレーションを得た。女性が数学を志すことに偏見を持たれていた時代、ソフィーにとってガウスとの文通は心の支えだった。それなのにガウスは数論から他の数学の分野に興味を移し、ソフィーの手紙に返事も書かなくなってしまうのである。どうもそれ以来、「ガウスは冷たい男だ」と思うようになった。
だからガウス記号も頭に入らないのだ。というのは冗談だが。

(2017.2.5)

「『自我を圧殺し、自己を忘却せよ』という教えは仏教にはない」 読書ノート 増谷文雄・梅原猛著「知恵と慈悲<ブッダ>ー仏教の思想-1」+125日目~126日目(世界史)

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増谷文雄・梅原猛著「知恵と慈悲<ブッダ>ー仏教の思想1」(角川ソフィア文庫

どんな宗教も自分の不安や苦しみに向き合ってくれなければ意味がない。自分が生きていくうえで、不安なことや苦しいことを「わかってくれる」教えでなければこれっぽっちも心に響かない。これはキリスト教だろうがイスラーム教だろうが同じだと思う。

「人間の願いは、なによりもまず、移ろわざることである。老いざることであり、病まざることであり、そして死せざることである。常なることを願うがゆえに、人間はその有限性が不安として感ぜられるのである」(143ページ)

生きていくのはつらい。一番つらいのはお金の問題だ。いったいいくらあれば老後は安心して暮らせるのか?それに人間関係もつらい。他人のことを完全に理解することは不可能だから、お互いに分かり合える状態なんてありえない。人間はどこまでいってもひとりぼっちだ。老いるのも嫌だ。容姿が無残に衰えたり体力がなくなったり物覚えが悪くなったり。病はもちろんのこと、死ぬのもつらい。自分が死ぬのも淋しいが、親しかった人々に取り残されていくのはもっとツラい。
じゃあ、どうしたらいいか。私は自分勝手に、仏教の教えとは「欲望を捨てること」そして「自己を捨てること」なのだと思い込んでいた。「自我に固執するから苦しいのです。自分の欲望から離れるために、『忘我の境地』『無私の境地』になりましょう」と、仏教界の偉い人はみんなそう言っているのだと思っていた。
ところが、それはとんでもない誤解だったらしい。「自我を圧殺せよ、自己を忘却せよ」などと仏教は言っていないらしいのだ。むしろ自己の人間形成のために全努力を集中せよ、というのだ。そしてみごとな自己を確立すれば、それこそが得難いよりどころとなるのだと。これがこの本の中で、一番の驚きだった。
ブッダ=ゴータマは欲望そのものを斥けたのではなく、「極端な欲望」を斥けた。また、「極端な苦行」も斥けた。極端なのはよくない。「中道」がいい。やりすぎは良くない。(とはいっても、この世の中は無常なので「中道」といっても固定的一点を示すわけではないのだが)
それではパンチがなさすぎる、と言う人もいそうだが、私はこの地味な教えがわりと好きだ。今生きているこの世界と折り合いをつけることができなければ、どんな教えも意味がないのだから。
この本は難しい仏教用語もていねいに解説してくれているので、仏教初心者の私にもわかりやすかった。第三部の梅原猛「仏教の現代的意義」も面白かった。最も第三部はキリスト教について教えられることが多かったが。
「仏教の思想シリーズ」は第1巻から第12巻まで。順番に、少しずつ読んでいきたい。

◎勉強日記
<世界史>
「青木の世界史B実況中継②」第26回「中世ヨーロッパ文化ーキリスト教神学の展開を中心にー」を読む。文化史の場合、赤字をノートにすべて書くと時間がかかり過ぎて仕方がないので、気になったものだけノートに書く。
この回で一番気になったのは、普遍論争(実在論vs唯名論)だ。普遍的概念は個物に先行して存在するのか、それとも個物が普遍に先行するのか。神は人間の理解の及ばないものなのか、それとも理性によって理解できるものなのか。わかるようなわからないような論争だが、要は「見えない世界」が本当に「ある」のか否かということだろうか?そりゃあるだろう。そういう話ではないのかな?
唯名論の立場に立ったウィリアム=オブ=オッカムは「薔薇の名前」の主人公のモデルだそうだ。本は読んでいないが、映画は見た。薄暗い教会で坊さんたちが一生懸命写本している場面ばかりが頭の中に浮かんでくる。あの暗い感じが中世なのだろうか。教会で次々と起こる殺人事件の謎解きを中心に話が進んでいくのだが、最後のオチがあまりにも古典的でかえってびっくりした。原作はもう少し奥が深いのかもしれないが。
久々にラブレー先生の名前も見かけた。南フランスのモンペリエ大学。この頃はさまざまな大学が登場した。そういえば、教養をひけらかそうとして意味不明のことばかり話そうとする学生を、ラブレー先生は「ガルガンチュアとパンタグリュエル」で散々皮肉っていた。おそらくそんな学生もいたのだろう。現在でも、あまり自分で理解していないことを偉そうに話そうとして、墓穴を掘ってしまう学生はいるのではないだろうか。時代が変わっても、人間はあまり変わらないのだと思うと面白い。
    ↓
問題集「ツインズ・マスター」23「西ヨーロッパの中世文化」の穴埋め問題をやる。資料問題の写真にちらりと見えるピサの斜塔には登ったことがある。けっこう傾いているのを感じた。それにしても、もう少し勉強してからヨーロッパにいくべきだった。もったいないことをした。

(2017.2.4)

清水エスパルスvs柏レイソル練習試合@指宿+120日目~124日目(日本史、化学)

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先日、鹿児島に行ってきた。冬に咲く菜の花があることを初めて知った。黄色い菜の花の向こうには開聞岳がそびえている。どこからも見える特別の山だ。

指宿いわさきホテルのサッカーグラウンドで清水エスパルス柏レイソルの練習試合を見てきた。40分×4本。J2から昇格したばかりの清水。J1相手にどこまでやれるか、サポーターはみんなドキドキしている。でも現地に足を運んだ人たちはなんだか幸せそうというか、とても楽しそうだった。大好きなチームの試合を久々に見ることができて、嬉しくて仕方がない感じだ。
長いことJリーグを見ているが、なんと私は練習というものを見に行ったことがない。そんなこともあって、今回、至近距離でサッカーを見られたことは新鮮だった。ゴールキーパーはずっと立っていて、ピンチがこないと暇そうだなと思うなかれ。試合中ずっと声を出し続けているポジションなのだ。ベガルタ仙台から移籍してきた六反はずっとディフェンダーの背後からああだこうだと怒鳴りっぱなしだった。特に言われていたのがサンフレッチェ広島からレンタル移籍してきた野津田。「ガク!!右!!左!!絞れ!!」と言われっぱなしなので、野津田が「ガク」という名前だということを覚えてしまった。(本当は「ガクト」だったが)。「ガク」はチームに入ったばかりで約束事を覚えるのに大変なのかもしれないが、テクニックはあるしシュートは枠に飛ばすしで、ワクワクさせてくれるいい選手だった。
練習試合は3-1で清水が勝った。練習とはいえ、勝つのはいいことだ。
そういえば、主審も線審もかなり若かった。Jリーグで笛を吹くライセンス取り立てだろうか?(もし違ったら申し訳ない。あまりにも若かったので)こんなプレッシャーのかかる職業をよく選んでくれたものだ。うまく育ってほしい。がんばれ。

◎勉強日記
<日本史>
「石川の日本史B実況中継②」第25回「室町幕府の外交と琉球蝦夷ヶ島」を読む。赤字をノートに書き出しながら、流れをつかむようにする。
室町幕府は3代将軍足利義満の頃。明が倭寇の禁圧と朝貢を日本に要求してくるが、九州は後醍醐天皇の皇子・懐良親王が支配していて「???」となったという話が面白い。義満が将軍になりたての頃は、室町幕府の支配が九州に及んでいなかった・・・というのは初めて知った。九州は九州で独自の文化が育つはずだ。
後に義満は南北朝の合体に成功し、九州も支配下に入れる。明と国交を結び冊封体制を受け入れ、勘合貿易で儲ける。李氏朝鮮とも国交を結んでいる。「日本史上、大きな役割を果たした50人」を選んだとしたら、義満は間違いなく入るのではないだろうか。
貿易関係では、寧波の乱だの応永の外寇だの三浦の乱だの様々な事件が起こる。中でも寧波の乱は、中国にとって本当に迷惑だっただろう。日本国内の内輪もめによる戦争を、関係のない他国でやってしまったのだから。
1424年、琉球王国も成立している。15世紀から16世紀は中継貿易により、史上空前の繁栄を誇ったという。沖縄は独自の歴史と文化を持っている。
   ↓
問題集「教科書よりやさしい日本史ノート」29「東アジアとの交易」の穴埋め問題。かんたん。

<化学>
「宇宙一わかりやすい高校化学(理論化学)」Chapter10「結晶格子」に入る。
金属やイオンの結晶構造と聞いただけで怖気づいてしまう。いつも新しい単元に入るとこの調子だ。配位数だの充填率だの、見たことがないことばを見るとすぐに怖くなってしまう。
だが「体心立方格子」「面心立方格子」「六方最密構造」の図はどこかで見たことがある。そう、先日読書ノートに書いた「フェルマーの最終定理」に出てくるのだ。結晶構造はフェルマーの最終定理そのものとは関係ないが、本で一度でも見たことがあると、なぜか元気が出てくる。
10-1「結晶格子の種類」から10-3「金属結晶(面心立方格子)」まで解説をよく読み、確認問題を解く。ほとんど計算問題だ。計算が少し面倒だが、ていねいにやれば大丈夫だ。有効数字の計算だけ注意を払うようにする。
できた!

(2017.2.2)

「数学界の最大の謎に果敢に挑んだ数学者たちの物語」 読書ノート サイモン・シン「フェルマーの最終定理」(青木薫訳)+118日目~119日目(数学)

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サイモン・シン著「フェルマーの最終定理」(青木薫訳 新潮文庫

この本はギャラリーが多い。ブックレビューは「面白い!」「素晴らしい!」と大絶賛の嵐だ。そりゃそうだ。本当に面白いのだから仕方がない。数学に詳しくない人間でもぐいぐい引き込まれてしまう。サイモン・シンの筆力が心底うらやましい。
そして、この本を読んでつくづく思い知らされた。数学を志すには才能が必要だ。数学の才能にイマイチ自信がなかったら無理して数学科など選ばず、物理とか化学とか、そっち方面に進んだ方がいい。なんとなくそんな気がした。
数学界の最大の謎「フェルマーの最終定理」は20世紀後半、アンドリュー・ワイルズによって証明された。この本は、どれだけ多くの数学者たちが「フェルマーの最終定理」に果敢に挑んでは散っていき、次の世代につながる遺産を残していったかを追った人間ドラマが描かれている。彼らの遺産なしにはワイルズの証明はなかった。
さまざまな数学者たちが登場するが、特に私が興味をひかれたのは、ピュタゴラスガロアの物語だ。
ピュタゴラスは、ピュタゴラスの定理「直角三角形において、斜辺の二乗は他の二辺の二乗の和に等しい(xⁿ+yⁿ=zⁿ)」で有名だ。彼は、宇宙は数によって支配されていると考えていた。あらゆる自然現象は整数と分数によって説明できるのだ、と。だから√2のような無理数の存在など受け入れがたいものだった。
そして、このエピソードがすさまじいのだが、√2が分数では表せないことに気づいたヒッパソスという若い弟子に、溺死という死刑を言い渡してしまうのだ。「世の中には分数でも小数でも表せない数がある!」という発見に歓喜した弟子に腹を立てたところで仕方がないじゃないと思うのだが、死ぬほどのことか?
一方、ガロアは19世紀フランスに生まれた数学の天才だ。しかし数学をめぐる状況はあまりにも不幸だ。ありあまる数学の才能があったにも関わらず、筋金入りの共和主義者だったガロアは、政治運動にのめりこみすぎて刑務所にまで入れられてしまう。しかも最期は、ひとりの女性をめぐって決闘をすることになり、拳銃で打たれて命を落としてしまうのだ。
決闘を申し込まれ死を覚悟したガロアはその前日、友人に向けた手紙の中で、自分が考えてきた数学上のアイディアを一気に書き残す。その手紙が2ページにわたって掲載されているのだが、余白に「時間がない!」と走り書きされていて、鬼気迫るものがある。だったら日頃から論文にまとめておけば良かったのにと思うのだが、ここぞという状況に追い込まれなければ人間は力が出せないのかもしれない。
他にも多くの数学者たちの物語が登場する。驚くべきは「フェルマーの最終定理」の証明の土台となった数学者の中に日本人が複数いることだ。「谷山=志村予想」そして「岩澤理論」。日本は数学の天才を生み出していた。日本人は数学に強いのだろうか?とても誇りに思える。とても嬉しい。
フェルマーの最終定理
xⁿ+yⁿ=zⁿ
この方程式はnが2より大きい場合には整数解をもたない。

そしてフェルマーはメモにこう書き記している。
「私はこの命題の真に驚くべき証明を持っているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」

◎勉強日記
<数学A>
「初めから始める数学A」8th day「ユークリッドの互除法不定方程式」の解説を読み、練習問題を解く。
ユークリッドは、読書ノートに挙げた「フェルマーの最終定理」に出てきたエウクレイデスのことだ。ユークリッドの互除法を使って、2つの整数が互いに素かどうかが簡単にわかるのが面白い。
不定方程式も解き方がわかると面白い。簡単な問題だから「わかる」ような気がするだけかもしれないが。そして誤植発見。P119の下に書いてある288n=-y+5だが、 
288nは282nの間違いだろう。だから何だと言われそうだが。
   ↓
問題集「基礎問題精講」89「ユークリッドの互除法」から90「不定方程式 ax+by=cの解」の例題のみを解く。90の「x,yを整数とする」という条件を見落とし、(4)の最小値を求める問題でさんざん悩む。いつまでたっても何かが抜けている。

(2017.1.28)

「自分の居場所はひとつだけじゃない」 麻布中学校(2016年国語)+114日目~117日目(世界史)

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小学生だって人間関係に悩んでいる。「親友」からの誘いを断ったら、その子は別の子を「親友」にして付き合い始めるかもしれないといった不安。浮いている存在だと思われたくないと、他人の目ばかり気にしている息苦しさ。教室に居場所がないと感じるとき、どう振舞えばいいのだろう。そんなとき、こうすればいいじゃないかというヒントを与えてくれる物語を麻布中学校の国語の先生は入試問題に選んだ。メッセージ性が強いこの物語は、小学生だけでなく人間関係に疲れて生きづらいと感じている大人も勇気づけてくれるはずだ。
麻布中学校(2016年)出典:辻村深月「1992年の秋空」(『家族シアター』講談社所収)
主人公の「私」は小学6年生の女の子だ。いつも人の目を気にして、クラスの中でも浮いた存在にならないように、自分の振る舞いに気を使っている。9月になったら、学級だより『銀河』を書く順番が自分に回ってくるのだが、事務的な連絡事項に徹して、決して悪目立ちしない無難なものにしようと心に誓っている。クラスのことから内容が離れるなんてもってのほかだ。
一方、妹のうみかはマイペースな性格で、人の目など気にしない。風変わりで気が強い。そして何よりも宇宙が大好きで情熱を傾けている。ある日、「うみか」が真剣なまなざしで「私」にお願いをする。9月に毛利衛さんがエンデバーに乗って宇宙に行くので、『6年の科学』に特集記事が組まれるはずだ。今取っている『6年の学習』を、来月から『6年の科学』に変えてくれないか、と。「私」は最初は拒否するものの、うみかのあまりの真剣さに気おされて、仕方なくお母さんに『学習』と『科学』の両方を買ってくれないかと頼む。すると、お母さんはうみかに「じゃあ、がんばらなくちゃね」と告げる。
なんと、うみかは逆上がりができなくて居残りになり、みんなに笑われて泣いていたのだ。このマイペースの妹が、くやしがったり、人目を気にして泣くなんて想像できない。「私」は妹の意外な一面を知って驚くのだった。
これがきっかけで、うみかは毎日、「私」と一緒に逆上がりの特訓をするようになった。妹が素直に「私」のことを必要としてくれるので、「私」も嬉しくなってくる。
そんなある日、「私」は友人のミーナに家に遊びに来ないかと誘われる。ミーナは「親友」だ。「親友」の誘いを断ったら、ミーナは他の子を誘うようになり、次から「私」のことは誘ってくれなくなってしまうかもしれない。うみかのことが気になったが、逆上がりの練習は毎日やるのだから、今日くらい行かなくても大丈夫だろう。「私」は公園には行かず、ミーナの家に遊びに行くのだった。
ところが、ひとりで逆上がりの練習をしていたうみかは、鉄棒から落下して腕を骨折してしまう。自分のせいだと罪悪感に苛まれる「私」に、うみかはぽつりと「私、宇宙飛行士になりたいんだ」と告げる。恥ずかしそうに夢を打ち明ける妹を見て、「私」は涙が止まらなくなってしまう。
結局、うみかの骨折は入院生活で夏休みいっぱいかかってしまうほどの重傷だった。骨が曲がってくっついているために手術をしなければならない。「骨折で手術して、腕にボルトをひとつでも入れたりすると、もうそれだけで宇宙飛行士にはなれないんだって」と言ううみかに「私」は居ても立っても居られなくなってしまう。どうすればいいのだろう。うみかのために、自分は何をしてあげられるのだろう。
そして、「私」はひとつのことを悟るのだ。

病院で聞いたうみかの言葉を思い出す。
   宇宙に行ってるしかない。
痛みには逃げ場がない、と話していた。何をしてても、気がまぎれないって。
   想像するの。自分が宇宙にいるとこ。
そう笑ってた。
ああ、わかったよ、うみか、と心の中で呼びかける。
(中略)
いやなことがあった時、いつも大好きな宇宙のことを思い出して、きっとたえている。だから平気なんだ。クラスでひとりぼっちの時も、逆上がりで残された時も、つらくなかったわけがない。だからきっと、自分の居場所を別に作った。せまい教室や目に見える場所だけをすべてにしなかった。だから、あんなに強いのだ。

 

この物語のメッセージは、子供だけでなく直接大人にも訴えかけてくる。自分の居場所は「いま、ここ」でなくてもいい。職場で他人が評価してくれなくて惨めな気持ちになったとしても、波長の合わない人がいるためにママ友の付き合いに苦労したとしても、それはそれだ。他の共同体に居場所を求めたってかまわないのだ。サッカーに夢中になってサポーター同士のつながりを深めるもよし、勉強会やサークルに参加するのもよし。いまここにある目に見える世界がすべてとは限らないのだから。
それにしても、小学生向けの物語とはいえ侮りがたしだ。小学生が読んでも無理のないわかりやすい文章で、しかも明確なメッセージが込められているものをよく選び取ってこられるものだと感心する。プロの国語の先生はすごい。

◎勉強日記
<世界史>
「青木の世界史B実況中継②」第25回「中世ヨーロッパ史(4)中世各国史カトリック教会」をじっくりと読む。中世イギリス史、中世フランス史、中世ドイツ史、中世イタリア史。この分野は前々からやりたかった。興味があるからというよりは、自分の無知が恥ずかしくて早くなんとかしたかった。「百年戦争」とか「バラ戦争」とか「マグナカルタ」とか「カノッサの屈辱」とか、基礎知識が全くなかったので映画鑑賞や読書に支障をきたすレベルだったのだ。
中でもノルマン朝プランタジネット朝時代のイギリスとフランスの関係がいまひとつわかっていなかったが、「フランス国という”大企業”の重役が、イギリス国という”中小企業”の社長も兼ねる」という青木先生の説明に納得した。
百年戦争でシャルル7世を救ったジャンヌダルクも登場。年末、テレビでやっていたリュック・ベッソンの映画を途中から見たが、ミラ・ジョヴォヴィッチジャンヌダルクははまり役だった。いかにも普通でない感じがよかった。ただ、ダスティンホフマン役の神様だか悪魔だかが「お前は事実を見たのではなく、見たかったことを見ただけだ」とジャンヌにいうセリフには、反論として一言も二言も言いたいことがあるが、映画評はこの辺にしておこう。
教会大分裂大シスマ)にも興味がわく。ローマとアヴィニョン教皇がふたり存在するという、カトリック界の大混乱期だ。以前読んだ「ガルガンチュアとパンタグリュエル」には、アヴィニョンの風紀の乱れ方が半端なかったと書かれていた。もちろん、教会大分裂時代のもっと後になるが。
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問題集「ツインズ・マスター」19「西ヨーロッパの成立(Ⅱ)」の残り、20「東ヨーロッパ世界の成立」の残り、22「西ヨーロッパ中世世界の変容Ⅰ」の穴埋め問題をすべてやる。なかなかボリュームがある。

(2017.1.26)