こだいらぽんたの「基礎学力」勉強日記(倉庫)

過去にアップした記事をここにまとめています。

「フランス文学素人の私でも心から楽しめた。宮下先生、翻訳してくださってありがとう!」 読書ノート ラブレー著「第五の書ーガルガンチュアとパンタグリュエル5」(109日目~110日目)

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ラブレー著「第五の書ーガルガンチュアとパンタグリュエル5」(宮下志朗訳 ちくま文庫

いやはや、読み応えのある名著だった。ど素人の私でも楽しむことができた。それもこれも宮下先生の訳と注釈がわかりやすかったからに他ならない。政治的なことや宗教的なことばかりが書かれているわけではない。16世紀フランスの子供がどのような遊びをしていたか、また、当時のフランス社会のごちそうのメニューはどのようなものであったか、人々の暮らしぶりも知ることができて面白いのだ。私も当時のフランスの空気が吸いたくて、宮下先生の注釈を舐めるように読んだ。もちろん政治情勢の風刺や聖書をもじった表現もたくさん出てくるので、世界史と聖書の基礎知識があったらもっと面白く読めたであろうことは言うまでもない。
さて、最終巻「第五の書」だが、この本はラブレー自身が書いたわけではなく、ラブレーが生前遺した草稿に何人かが手を加えて出版したという見方が有力だそうだ。だから「第五の書」は、あまり価値がないとかなんとか言われているらしい。だが、話そのものは意外と面白かった。パンタグリュエル一行は相変わらず「聖なる酒びんのご神託」を授かるべく旅をしているのだが、「第四の書」と同じく、島々で出会うのは奇怪な怪物人間ばかりだ。一番印象的なのは「ウートル島」だ。そこの島民はみな、暴飲暴食をしている。
「彼らはそろいもそろって、革袋みたいにぱんぱんにふくれて、はちきれんばかりの脂肪分でぷるんぷるんしていたのである。これまでわたしは、他の国では見た経験がなかったのだが、彼らは皮膚に傷をつけて、そこから脂肪分をぷるんと出していた。(中略)そうでもしないと、皮膚のなかに収まりきれないからだという」(126ページ)
そして、彼らは「破裂祝い」の潮時を迎えると、腹を破裂させて死を迎えることになる。なんともグロテスクだ。
賄賂で生きている「シャ=フレ族」の話も面白かった。私の大好きなジャン修道士が大活躍するからだ。本文に隠された意味を読み取る読み方も、それはそれでいいのだが、単純にばかばかしい物語としても楽しめるのがこの本のいいところだ。(肝心の「聖なる酒びん」のお告げを授かる場面は、飽きてしまったが。神殿を歩いている時間がやたらと長い・・・長すぎる。)
「ガルガンチュアとパンタグリュエル」本編だけでなく、この物語のネタ元となった「ガルガンチュア大年代記」(第2巻に収録)や、この物語に影響を受けて書かれた「お腹パンク島」と「パンタグリュエルの滑稽な夢」(第5巻に収録)まで読めるのだから、お得な文庫本シリーズだ。「パンタグリュエルの滑稽な夢」では、パンタグリュエル一行が旅の途中で出会ったであろう奇怪な怪物人間の版画が120枚も並んでいるのだ。この絵をすべて収録した本は、日本では初めてらしい。
宮下志朗先生、こんないかにも翻訳しにくそうな本をわかりやすくしてくださって、本当にありがとうございます。先生がいなければ、おそらくフランソワ・ラブレーとは、赤の他人のままだったでしょうから。


(2017.1.19)

「ローマ教皇を徹底的におちょくるパンタグリュエルと仲間たち」 読書ノート ラブレー著「第四の書ーガルガンチュアとパンタグリュエル4」(108日目)

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ラブレー著「第四の書ーガルガンチュアとパンタグリュエル4」(宮下志朗訳 ちくま文庫

パンタグリュエルと仲間たちは「聖なる酒びん」のご神託を授かるべく、「北方インドはカタイの近く」にある聖バクブックの神託所をめざして大航海へと船出する。どうして「聖なる酒びん」のご神託をうかがうことになったのか、その辺は「第三の書」(絶賛品切れ中)に書かれているのかもしれないが、まだ読んでいないので、事情がわからないのが残念だ。
道中、パンタグリュエル一行は、へんてこな民族に次々と出会う。たとえば、殴られることで生計をたてているシカヌー族だ。修道士、高利貸し、弁護士などが、貴族のだれかを痛めつけたいと思ったら、その貴族の元へシカヌー族を派遣する。召喚命令や出頭命令を持って現れたシカヌー族は、相手を思い切り罵倒する。貴族は腹を立てシカヌー族をぶん殴る。シカヌー族は雇い主からは報酬を、貴族からは賠償金をもらうことができ、数か月は金持ちでいられるというわけだ。カトリックプロテスタントの対立が暗示されているという、カレームブルナンとアンドゥーユ族の戦争も目の当たりにする。農業や医学や占星術や数学や、様々な道具や技術を発明し、最後には人間を殺戮する兵器火器までも発明した、技能師範ガステルにも出会う。クジラを「海の悪魔」のごとくみなして戦うところには違和感を持った。16世紀のフランスでは、クジラは船をひっくり返す悪魔だったのだろうか。
ローマ教皇を狂信的に崇拝しているパピマーヌ族の話は面白かった。彼らはローマ教皇を救世主と同一視し、教皇教令集が起こす奇跡をひたすらたたえる。それを聞いて、「そういえば思い当たる節が」とパンタグリュエルの仲間たちは、はたと膝を打つのだ。
「そういえば、『教皇教令集』の紙でお尻を拭いたら切れ痔になった!」
「そういえば、『教皇教令集』で金箔をのばしたら、使いものにならなかった!」
「そういえば、仕立て屋が『教皇教令集』を型紙やパターンに使ったら、この型紙で作った洋服は台無しだったって!」
しかし、ローマ教皇をおちょくっている分には、ラブレー先生は火あぶりにはならないのだ。イギリス国教会カトリック世界から独立したが、フランスでも14世紀頃からフランス国教会の独立を求める「ガリカニスム」という動きがあったという。フランス国教会の盟主であるフランス国王と、ローマ教皇とは、対立・衝突を繰り返していた。世界史を知ればもっと楽しいだろう。
登場人物は相変わらず飲んだくれているし、パニュルジュは2回もうんちをもらしてしまうし、「聖なる酒びん」のご神託もどこへやら、最後は「さあ、飲もうじゃないの!」の掛け声で、まあ、わけのわからぬお決まりの終わり方だ。いや、これでいいのかもしれない。パンタグリュエルは「急に、後ろから引っぱられるような気持ちがしてきたぞ」(P546)と言い出している。おそらく自分の場所に帰るようにという声が聞こえたのだろうから。

ところが「第五の書」では、相変わらず「聖なる酒びん」のご神託を求める旅が続くのである。「第四の書」で終わりでいいのではないか?と思うのだが・・・。それもそのはず、「第五の書」はラブレーが書いたかどうかも怪しいらしい。だが、せっかく読んだので次回の読書ノートには残しておくつもりだ。

(2017.1.17)

「稀勢の里が優勝したから、今年こそFC東京もやってくれるに違いない!」+106日目~107日目(日本史、化学)

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今年こそやってくれるはず!今度こそやってくれるはず!絶対やってくれるはず!
毎回期待値は高いし、時折いい相撲も見せてくれる。しかし、ここぞというところで決まらない。
それが稀勢の里だった。それでも私は稀勢の里を応援していた。なぜって、私が応援しているFC東京稀勢の里が重なるからだ。FC東京稀勢の里のようなチームだ。「今年こそやってくれるはず!」と毎回期待値は高いものの、勝負どころで負けてしまい、いつも中位に甘んじているようなチームだ。だから、稀勢の里が優勝してくれなければ、FC東京も永遠に優勝できないんじゃないだろうか。私はそこまで思い詰めていた。
今回の最悪のシナリオが、稀勢の里白鵬との優勝決定戦で負けてしまうパターンだ。「あーあ、やっぱりね」と。不戦勝があったことも、かえってリズムを崩してしまうのではないかと心配した。土俵際に追いつめられるようなあぶなかっしい相撲が続いたことにもヒヤヒヤさせられた。
だから、稀勢の里の優勝が決まったときは、とても嬉しかった。控室でひっそりと優勝が決まるところが稀勢の里らしい。泣いていたけど、やはり自分自身にふがいなさを感じていたんだろう。優勝おめでとう!
稀勢の里が優勝したので、今年はFC東京もやってくれるような気がしている。今シーズン、東京はかなりいい補強をした。だから相変わらずサポーターとしては期待してしまうのだ。今年こそ中位に甘んじてはいけない。稀勢の里に続け。

◎勉強日記
<日本史>
「石川の日本史B実況中継」第23回「院政期~鎌倉時代の文化」を読む。いつもの要領で流れをつかむようにする。
いよいよ浄土真宗の登場だ。「歎異抄」を読んだので親鸞には親近感がある。「善人なをもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という「悪人正機説」には唸らされる。善人ですら極楽往生できるのだから、悪人なら間違いなく極楽往生できるに決まっている、という逆説だ。人間の力の限界を知り、一心不乱に祈ることしか手立てがない「悪人」こそ救われる。人間の力を過信してはいけないよ、と言われているような気がする。
ここでは旧仏教vs新仏教、他力門vs自力門の対立構造がポイントだ。西洋のカトリックプロテスタントの関係のようなことが、日本の仏教界でも起こったというのは興味深い。また、ここで登場してきた日蓮にも興味を惹かれる。
それにしても、仏教はどんな本を読めば「だいたいの知識」が得られるのだろう。仏教の言葉は難しくて、どうしても後ずさりしてしまう。前にも書いたが、「極楽」とは何だろう?キリスト教でいう「天国」とはどうも違うようなのだが。
もちろん仏教以外にも、彫刻、建築、絵画などさまざまな文化が出てきた。運慶・快慶の名に、夏目漱石の短編小説「夢十夜」を思い出した。再読してみよう。
   ↓
問題集「教科書よりやさしい日本史ノート」20「平氏政権と院政期の文化」4~8と26「鎌倉文化」の穴埋め問題をすべてやる。

<化学>
「宇宙一わかりやすい高校化学(理論化学)」Chapter9「化学反応と熱」に入る。今日から新しい単元だ。単元ごとに書かれているシラバスがわかりやすい。
9-1「熱化学方程式とは?」から9-3「熱化学方程式を作ろう!」までの解説を読み、確認問題を解く。エネルギー図で発熱反応か吸熱反応かで混乱する人が多いらしいが、その気持ちはよくわかる。筋道を見失わないように解説を何度も読む。
確認問題48の熱化学反応式を求める問題では迷った。何と何が反応すればプロパンC₃H₈になるのかわからなかったのだ。C(黒鉛)とH₂(水素)でプロパンガスになるのか?と、勝手にプロパンとプロパンガスを一緒にして悩んでしまった。
ところでプロパンってなんだろう?新しい物質が出てくるたびにドキドキしてしまう。

(2017.1.16)

「『パンタグリュエル』の旧世界の話は、村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を思い起こさせる」 読書ノート ラブレー著「パンタグリュエルーガルガンチュアとパンタグリュエル2」(104日目~105日目)

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ラブレー著「パンタグリュエルーガルガンチュアとパンタグリュエル2」(宮下志朗訳 ちくま文庫

第2巻は巨人王ガルガンチュアの息子、パンタグリュエルが主人公だ。前半はパンタグリュエルがフランスのさまざまな地で学問を修め、この物語の重要人物であるパニュルジュと知り合う物語であり、後半はパンタグリュエルと仲間たちが、パンタグリュエルの故郷「ユートピア国」に侵入してきたディプソード人および300人もの巨人軍団と戦って大勝利を収めるまでの物語だ。またしても、巨人パンタグリュエルのおしっこ洪水で多くの人々が溺死したり、パンタグリュエルの放った猛烈にくさいおならの影響でたくさんの不格好な男女「ピグメー人」が生まれてしまったり、「うんこおしっこ大魔王」の物語は健在だ。
なんとも荒唐無稽の内容なのだが、古い慣習にしがみつく人々に対する風刺もしっかりと盛り込まれている。たとえば、パンタグリュエルがオルレアンで出会った学生は、当時の神学者が論争に使っていたラテン風の言い回しで話をする。しかし誰にも意味がわからない。そこでパンタグリュエルは「なんだい、この奇天列弁は?さては、あんさん、どこかの異教徒かい?」と首をかしげる。神学論争をする人々を異教徒よばわりとは。ラブレー先生が火あぶりになるのではないかと、はらはらしてしまう。
また、贖宥状の代金を置く皿からお金をくすねてしまう手口が流行っていたとか、パリの墓地が手狭になったため、墓をあばいては骨を日干しにして納骨堂に移していたとか、16世紀のパリの混沌としていた姿を垣間見ることができて面白い。
ところで一番興味をひいたのが、語り手アルコフリバスがパンタグリュエルの口の中を探検した話だ。パンタグリュエルの口の中にはなんと、広々とした牧場や、広大な森や、大きな都会が広がっていた。
そこでアルコフリバスは「キャベツを植えているおっちゃん」に会うのである。アルコフリバスはびっくりして「ここで何をしているのか」と聞く。男は「キャベツを植えてるんでさあ」と答える。
「みんな、金持ちになれるわけじゃあございやせん。ですからこうやって暮らしを立てているのでござんすよ。この裏の方の町の市場に運んで、売るのでございます」
「ていうと、ここは新世界なのですか?」
「新しくなんかありゃしませんぜ」と、相手がいいます。「でも、うわさですと、どうやらこの外には、新しい大陸だかがあって、太陽も月も拝めるし、なんだかおいしい仕事がたくさんあるとか。でも、こっちは古い世界なんでさあ」(P363~P364)

視点が変われば見方も変わる。意外にもここでは、キャベツを植えて地道に生活しているおっさんが肯定的に描かれる。新世界だから素晴らしいとか、旧世界だからダメだとか、そんな単純な読み方ができないところが、この本の一筋縄ではいかないところだ。
一方、私はこの挿話にある既視感を覚えた。そう、村上春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」の世界に似ているのだ。「キャベツを植えているおっさん」の住む旧世界は、高い壁に囲まれた静謐な「僕」の世界である「世界の終り」の世界を思い起こさせる。戦いも憎しみも欲望もないかわりに、喜びも至福もない世界を淡々と生きている「世界の終り」。そんな静かな世界を、私が退屈でつまらないと感じてしまうのは、いわゆる「新世界」の価値観にどっぷりと漬かっているからだろう。
村上春樹が「パンタグリュエル」を読んで、少なからず影響を受けていたら面白いのだが、誰か質問してくれる人はいないだろうか。もっとも、「全く関係ありません。『うんこおしっこ大魔王』は私の作品には出てきません」と怒られるかもしれないが。
次回の読書ノートは、第4巻に続く。第3巻は品切れ中だ。飛ばし読みはとても心苦しい。しかしこうなったら何が何でも宮下訳で第3巻を読みたいので、再版を待つ。

(2017.1.14)

「奥深いけどふざけてる。こんな風刺本、誰にも書けない!」 読書ノート ラブレー著「ガルガンチュアーガルガンチュアとパンタグリュエル1」(宮下志朗訳)+(100日目~103日目)

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ラブレー著「ガルガンチュアーガルガンチュアとパンタグリュエル1」(宮下志朗訳 ちくま文庫

「題名は知られているが、意外と読まれていない名作シリーズ」。今回はフランス・ルネサンスを代表する作家、フランソワ・ラブレー著「ガルガンチュアとパンタグリュエル」を読んでみた。この長編小説は全5巻なのだが、なんと3巻だけが在庫切れ。なぜこんなことが起こったのだろうか。まさか、3巻だけが飛ぶように売れたのか?仕方がないので3巻は飛ばし、1、2、4、5巻を読んだ。早く増刷してほしい。
さて、第1巻は巨人王「ガルガンチュア」の物語だ。いやいや、びっくりした。この「世界的名作」は「うんこおしっこ大魔王」の物語なのだ。ガルガンチュアはのべつまくなしにうんちをしているし、おしっこをすれば大洪水になって多くの人が溺れ死ぬし、いかにも小学生が喜びそうな描写が続く。
「ブラゲット」というものがあったことも初めて知った。中世の貴族は布でできたペニスケースで股間を覆っていたのだ。幼年時代からガルガンチュアはブラゲットを使っていた。子守女たちはそれを「サンゴの小枝ちゃん」「わたしのしこしこ、びんびんちゃん」「私の赤いソーセージちゃん」などと呼び、「これはわたしのものよ」「いいえ、わたしのよ」と口々に言い合うのだ。
ところが宮下志朗先生の注釈を読むと、当時のキリスト教社会をおちょくったきわどい風刺がちりばめられていることがわかってくる。ソルボンヌ大学の学者連中が不潔極まりなかったとか、修道士が不勉強で無知だとか、教会裁判所の判事がすぐに賄賂に手を出すとか、修道院が牢獄みたいだったとか。
特に、最後に出てくるテレーム修道院の描写は、あぶなかっしくてどきどきする。小さな村の小競り合いが大戦争に発展したピクロコル戦争にガルガンチュア軍は勝利する。そこで大活躍した恩賞として、ジャン修道士は、自分が作りたいと考えていた「テレーム修道院」の設立を許可される。この修道院はほかの修道院とは正反対なのだ。
ここに入る修道院の女性は、美女でスタイルもよく気立てがいい。男性は美男でかっこよくていい性格の男性しか入れない。男女を問わず、好きな時に足を洗うこともできる。結婚もできるし、財産も持てる。
現実の修道院はその正反対だというのだから、どうしようもない人間どもが集う刑務所のようなところだったということなのか。ラブレーはここまで書いて、よく異端の罪で火あぶりにならなかったものだ。(実際、第1巻、第2巻、第3巻は発禁処分になったらしい)
ところで、第1巻で一番面白かったのは、ガルガンチュアが「高貴なお尻ふきのふきかた」を考案するところだ。ここでガルガンチュアは「うぶ毛でおおわれたガチョウのひなにまさる尻ふき紙はない」という結論を出すのだが、ある研究者によれば、これはミケランジェロの「レダと白鳥」をパロディではないかという。
ミケランジェロの「レダと白鳥」。絵画に疎い私は、さっそくネットで調べてみて大笑いした。全裸の女性が白鳥を股の間にはさんでいる絵。これが尻ふき紙って!ラブレー先生にかかれば、ミケランジェロも形無しである。(笑)
というわけで、単なる「風刺の書」として肩ひじ張って読むのはもったいない。きちんとした筋書きもあるので、物語としても、当時の風俗を知る意味でも、普通に楽しめる本だ。
読書ノートは第2巻に続く。第2巻からはガルガンチュアの息子である「パンタグリュエル」の物語だ。

(2017.1.12)

「阿房列車」に思う。数学と国語は似ている。+97日目~99日目(世界史、数学A)

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内田百閒「阿房列車」にこんな話がある。
ある旅館に三人が泊まった。宿泊代は一人10円。三人で30円払った。
旅館はサービスで5円まけてくれた。ところが女中さんがそこから2円ネコババして、3円を三人に返した。
三人は1円ずつ分けたから、ひとりが支払った金額は9円になる。だから、三人が旅館に支払った金額は9×3=27円。女中さんがネコババしたのは2円。全部で29円。
あれ?1円はどこへいった?

今回「確率」の範囲を終わらせたが、とても興味深い回だった。それにしても、人間の「なんとなく正しい」とか「なんとなく間違っている」という感覚がなんとあてにならないことか。その時、この「阿房列車」の話を思い出した。これは数学の問題なのか、それとも国語の問題なのか?
いずれにせよ、数学も国語も論理的思考力が必要だという点で、とてもよく似ているような気がした。

◎勉強日記
<世界史>
「青木の世界史B実況中継②」第23回「中世ヨーロッパ史(2)封建制度と荘園制/ビサンツ帝国」をやる。赤字部分をノートに書き出しながら、流れをつかむようにする。
貨幣経済が発達していなかった中世西欧世界。農業生産がふるわなくて売るものが乏しく、交通が未発達なので商品を売りに行くこともできない。だから自給自足か、極めて近距離の物々交換をするしかなかった。私なんかは、お金を出せばたいていのものは買えると思い込んでいるから、それが通用しない世の中が不思議でたまらない。
「中世西欧は3種類の人間しかいない」そうだ。生産者である農民と、農民を支配する王侯貴族(領主)、そしてみんなの心を癒す役目の聖職者。読み書きは聖職者しかできなかった。「中世は暗い」とよく言われるが、本当に暗いのだろうか?現代とかけ離れた世界なので、どう考えればいいのかわからない。
「要するに、中世の西欧って、現代とは正反対の世界なのです。だからこそ勉強していて面白いし、ある意味では現代を理解するための出発点と言っていいと思います」(P42)という指摘になるほどと思う。
東ヨーロッパ情勢でさまざまな国が出てきたが、どこに何があるのか全くわからない。仕方がないので、地図が出てくるたびにノートに写す。どこの国がカトリックでどこの国がギリシャ正教を受容したか、複雑でなかなか覚えられない。だが、後にかなり重要なポイントになりそうだ。
   ↓
問題集「ツインズ・マスター」19「西ヨーロッパ世界の成立Ⅱ」の9~18、20「東ヨーロッパ世界の成立」の穴埋め問題を解く。

<数学A>
「初めから始める数学A」6th day「条件付き確率」の解説を読み、練習問題を解く。
20本中2本の当たりくじが入っている箱から2人の人が1本ずつくじを引く場合、最初に引く人と2番目に引く人と、どちらの方が当たりを引く確率が高いか?という問題で、どちらも同じだという結論になるのが面白かった。人間の感覚では「どちらが得か」迷うところだが、数学的にはこんなに簡単に証明できるものなのかと感心した。
練習問題23も興味深い。赤い球が6個、白い球が2個入った袋から、2個の球を取り出すとき、2個とも赤い球である確率はどのくらいか。「1個取り出してから、その球を戻さずにもう1個取り出す場合」と「2個いっぺんにガサッと取り出す場合」を比べた場合、2個とも赤い球が出る確率は同じなのだ。数学は1個の球を取り出してから、もう1個取り出すまでの「時間差」を考えない。計算をしてみると確かにそうなのだが、なんだか不思議な感覚だ。人間の感覚は信用ならないと思い知らされる。
   ↓
問題集「基礎問題精講」の121「非復元抽出」から129「条件付確率(Ⅱ)」までの例題のみをやる。
自力で解けないときは、問題下にある「精講」をじっくり読んで考える。これを見てわからなかければ仕方がない。解答を見て納得できればOKとする。たいていは大丈夫だが、127「確率の最大値」だけは、わかったようなわからないような曖昧な感じだ。これが今の実力なので仕方がない。先に進むことにする。
今回で確率は終わりだ。

(2017.1.8)

「人間の祖先が猿だったなんて、どこにも書いてない!」 読書ノート ダーウィン「種の起源」(渡辺政隆訳)+95日目~96日目(日本史、化学)

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ダーウィン種の起源(上・下)」(渡辺政隆訳 光文社古典新訳文庫
私はダーウィンのことを誤解していた。「人間の祖先は猿だった。猿が進化して人間になったのだ」という説をぶち上げて、世界中の人たちから非難された人だと思っていた。ところが「種の起源」には、そんな記述はこれっぽっちも出てこない。ダーウィンがさまざまな観察と考察から導き出した結論は、すべての動物と植物は、ある一種類の原型に由来しているという、驚くべき仮説だ。
「動物はせいぜい四種類か五種類の祖先に由来しており、植物はそれと同じかそれよりも少ない数の祖先に由来していると、私は信じている。類推をさらに働かせるならば、すべての動物と植物は、ある一種類の原型に由来していると信じるところまで踏み込める。(中略)したがって私は類推から出発して、地球上にかつて生息したすべての生物はおそらく、最初に生命が吹き込まれたある一種類の原始的な生物から由来していると判断するほかはない」(「種の起源(下)」P394~P395)
その根拠が「自然淘汰説」だ。生物は変異を起こす。もしその変異が多くの子孫を残すことに有利に働くならば、それは遺伝する。その積み重ねの過程が、もともとあった原種とは違った「変種」を生み出すことになり、やがてひとつの「種」を生み出すことになる。これが自然淘汰説だ。猿も人間も動物も植物もない。もとはみんな同じ幹が枝分かれした結果なのだ。地球上にいる生物が一本の樹木だと思うと、なんだか不思議な気がする。
他にもたくさん興味深い部分がある。植物でも動物でも、近親間の交雑だと活力のある子どもが生まれず、繁殖力も弱くなる。だから「近親相姦」を避けるために、植物もいろいろ工夫をしているのだ。一つの花におしべとめしべがある植物は、めしべの柱頭に受粉の準備ができる前に、おしべの葯がはじけるようになっているという。ほかにもさまざまな動植物の生態が書かれていて面白い。
それにしても、また思い知らされた。必ず原典にあたらなければならない。原典にあたらずに、その本を読んだ気になってはいけない、と。

◎勉強日記
<日本史>
「石川の日本史B実況中継②」第22回「元寇得宗専制政治」の解説を読み、赤字部分をノートに書き出す。流れをつかむことを心がける。
執権と得宗の区別がつかず、混乱してしまう。執権は政所と侍所のトップを兼ねた存在。得宗は北条氏の嫡流の当主のこと。執権だからといって最高権力を握っているとは限らない。本物の最高権力者は北条氏の嫡流の当主(得宗)だ。ややこしいがしっかり覚えておくことにする。
元寇は「暴風雨に助けられて、日本を侵略しに来たフビライ=ハンが去っていった」くらいしか知識がなかったが、朝鮮半島で起こった「三別抄の乱」なんて聞いたこともなかった。元は朝鮮半島(高麗)を侵略するが、高麗の有力な武人たちは必死に抵抗した。この高麗の必死の抵抗がなければ、もっと早く元は日本を襲来していたというのだ。日本が侵略されなかったのは「神風」のおかげではなく、もしかすると朝鮮半島の優秀な軍人たちのおかげではなかろうか。高麗の人たちよ、ありがとう。
   ↓
問題集「教科書よりやさしい日本史ノート」24「蒙古襲来」25「永仁の徳政令」の穴埋め問題。かんたん。

<化学>
「宇宙一わかりやすい高校化学(理論化学)」Chapter8「電気分解」に入る。8-1「電気分解とは?」から8-6「電気分解の応用」までの解説を読み、確認問題を解き、「電気分解」の章を一気に終わらせる。
P204に「電源を回路につなぐと、電子は電源の負極から出て、正極に戻ります(電流の向きと逆です)」とある。電流とは電子の流れのことなのかと思っていた。だから前章の「電池」でも負極から正極に向かう電子の流れがとても不思議だった。
電極での反応も、陽極での反応式を書く問題があやしい。しっかり暗記しよう。確認問題45は解答を見た。答えを導き出す流れはわかった。自力で解けたら気持ちいいだろうなあ。電気量(C)=電流(A)×時間(秒)。クーロン(C)という単位は今回初めて知った。96500C/molというファラデー定数は、よく導き出したものだ。見えない世界だから「理論的にはこうなる」という数字なんだろう。だから「理論化学」なのか。

(2017.1.5)